イケムラレイコさんと「PIOON」の預言

イケムラレイコさま

涼やかな風のわたる三島の、この美しく温かい美術館にて、8年ぶりの個展のオープンに再び立ち会えたことに、心からしあわせを感じています。おめでとうございます。

レイコさんがテラコッタの彫刻に着手しはじめてから、こんなに素早く、軽やかに、そして確信的に、「うさぎ観音」をめぐる物語が動き出したことに、小気味よい驚きを覚えます。

私にとっては15年以上前に陶芸家の取材で訪れた、滋賀県の陶芸の森。この数年、奈良美智さんをはじめとする、さまざまなアーティストがそのレジデンス・プログラムに参加し、土と火に向き合う作品づくりから多くの実りを得ていることを、遠くから憧れをもって、心強く眺めておりました。

その陶芸の森で産み落とされた、ほどよい具合に揺らぎの「手跡」が残されたレイコさんの作品には、ヒトがモノの姿形をとらえ、拵えようとする原初の力と、祈りにも似た思いが込められていました。

それはまさに「塑像」と呼ぶのがしっくりとくる手仕事でしょう。 焼きものという仕事の、刻々とうつろいゆく時間のなかにたしかに存在する、美しい瞬間瞬間がそこには息づいています。

涙を流しながらも、おだやかな思惟の表情をこちらに向ける、うさぎの観音さま。その姿は慈しみに満ちて、いつの日か、まっとうな世界の実現を約束しているかのようです。

美術史上、古典からブランクーシまで、幾度となくつくられてきた、目を閉じてまどろむ彫像の頭部。それらはタイムカプセルのように、いつか真新しい世界で目覚め、呼吸しはじめるのではないかとすら思わせる気配を宿しています。

いずれの作品にもいえるのは、そこに生者と死者がつねに共存し、あちらの世界とこちらの世界をするりと通り抜ける「媒介」のような力が働いているように感じられることです。

3年前の個展で帰国された折り、誰もいない夜のオーキッドルームで、差し向かいでお話しをうかがったとき、あなたは「自分自身が“媒介”のような存在なのかもしれない」と話してくださいましたね。

そして、このあいだの奈良さんとの対話のなかで、ご自身の制作のモチベーションについて、「ヘビのように時間をかけて、形の変わらない“もぬけの殻”を脱ぎ捨て、新しい姿に脱皮する」とも仰っていました。

芸術家の「手跡」には、未だ現世に出現していないものたちへの、愛おしく、ときに狂おしい、予感めいた思いが宿っています。 なかでも私にとって、イケムラレイコという芸術家は、できることならつねに呼吸を合わせ、ともにこの時代を見届けていきたいと願う、数少ない「預言者」の1人なのです。

住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。「FIGARO」「VOGUE」など各誌で執筆の傍ら「TRAUMARIS|SPACE」主宰。ほか各所でジャンルを超えた展示やパフォーマンスなどを企画。2010年より横浜ダンスコレクションにて審査員を務める。www.traumaris.jp

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Special : 7

モデルKIKIとめぐる「イケムラレイコ PIOON」

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movie : Takehiro Goto
hair&make : Rumi Hirose
interview : Madoka Hattori

Special : 1

イケムラレイコによる詩の朗読

ヨーロッパでの活動のなか、イケムラレイコはスペイン語、ドイツ語、英語など複数の言語を習得していきます。言語とは国や文化と切り離しがたいものであると同時に、作家自身の人間性とも深く関連をもつ対象であり、作品とともに詩や俳句など言葉を用いた表現がこれまで試みられてきました。 ここでは、《うさぎ観音》展示会場の壁面に使用されています「うさぎ短歌」の朗読がお聞きいただけます。