イケムラレイコは1972年に日本を離れ、その後ヨーロッパを拠点とした活動のなか、絵画、彫刻、ドローイングなど多岐にわたる表現により、私たち人間の存在を根源的に問い続けてきた作家です。海外での高い評価のみならず、日本では2006年にヴァンジ彫刻庭園美術館での個展、また2011-12年には東京国立近代美術館と作家の生まれ故郷にある三重県立美術館での回顧展など、80年代初頭から現在までの着実な歩みが国内でも近年広く知られることとなりました。
イケムラの作品は、横たわる少女像や移ろいゆく自然の風景、また名もない生物たちの有機的な形にみられるように、生の営みの循環が主題とされる点に特異な表現性をもちえています。揺らぎがもたらすその変容は人間と動物、自然の境界が時に交わることで、生と死、理性と本能、西洋と東洋といった本来対立する要素を作品のなかに内包させることとなります。海外での活動において、共同体内にいながら常に他者であり続けた作家自身に象徴されるように、それらの表現はまた私たちの世界に内在する愛や疎外、孤独をもあらわにしていることでしょう。
当館で8年ぶりの開催となる本展では、変容を表面と内部に物質として宿す彫刻が中心となります。80年代後半、イケムラが生命の原型を探求する過程において画面内で伸長していった無数のドローイングの線は、同時期に始まったテラコッタによる彫刻と並行するように、頭部に2本の長い耳をもつ“うさぎ”へと変異していきました。作家の手によって生み出されたうさぎとは、その自由奔放さによって外部への跳躍が許された特権的な存在だったといえるかもしれません。本展では90年代に制作された彫刻から全長3.4メートルにおよぶ最新作《うさぎ観音》まで、数多くのうさぎがあらわれます。長年の制作活動において改めて作家が現代にうさぎを切望し、作品に託した思いとははたして何だったのでしょうか。イケムラレイコのうさぎが紡ぐ美術館と庭園をめぐる物語がいま始まります。
三重県津市生まれ。
1970-72年大阪外国語大学スペイン語科に在籍後、72年にスペインに渡り、セビリア美術大学に学ぶ。1979年にスイス、83年にドイツに移り現在はベルリンとケルンを拠点に活動を行う。1991年よりベルリン芸術大学(UdK)教授。2009年にアウグスト・マッケ賞を受賞。近年では2011-12年に東京国立近代美術館(東京)、三重県立美術館(三重)で個展を開催、また2013年にはカールスルーエ州立美術館(ドイツ)で個展を行い、ヨーロッパと日本を中心に高く評価されている。2014年にヴァンジ彫刻庭園美術館にて8年ぶりの個展「イケムラレイコ PIOON(ぴよ~ん)」を開催する。
彫刻、絵画、写真
最新作から初期へと遡行する、イケムラレイコ本邦初の作品集
約100点の作品図版とともに国内外の寄稿者の論考を収録
[寄稿者]エリーザベト・プレッセン(詩人)、松井みどり(美術評論家)、ドナルド・カスピット(美術評論家)、 エリザベス・ブロンフェン(視覚文化研究者)、田野倉康一(詩人)、森 啓輔(ヴァンジ彫刻庭園美術館学芸員)
[ベイビーうさぎ栞付き]
デザイン:林 琢真(林琢真デザイン事務所)
編集:森 陽子、森 啓輔、瀧本百合子
判型:A4判、297×227mm
頁数:224ページ、ハードカバー
言語:バイリンガル、日英
発行:ヴァンジ彫刻庭園美術館
発売:NOHARA
刊行日:2014年10月8日
ISBN:978-4-904257-24-1
価格:本体4,200円+税
NOHARABOOKS 販売ページ
2人の作家が詩と写真で交わす対話の書。
数年前から親交の深い2人がともに過ごした信楽の彫刻制作の場や離れて互いの世界を放ちあい応えながら続く清冽な交信。
それぞれの旅とともにあった往復書簡も巻末に収録。
[限定1000部]
デザイン:林 琢真(林琢真デザイン事務所)
編集:森 陽子
判型:B5判、236×183mm
頁数:76ページ、ソフトカバー
言語:日本語
発行:ヴァンジ彫刻庭園美術館
発売:NOHARA
刊行日:2014年10月8日
ISBN:978-4-904257-25-8
価格:本体2,300円+税
ヨーロッパでの活動のなか、イケムラレイコはスペイン語、ドイツ語、英語など複数の言語を習得していきます。言語とは国や文化と切り離しがたいものであると同時に、作家自身の人間性とも深く関連をもつ対象であり、作品とともに詩や俳句など言葉を用いた表現がこれまで試みられてきました。 ここでは、《うさぎ観音》展示会場の壁面に使用されています「うさぎ短歌」の朗読がお聞きいただけます。